HOMEback number > 「少女漫画が教えてくれたことたち」


text by
栗原 千温 kurihara chiharu
<profile>
1977年静岡県生まれ。
大学卒業後紆余曲折を経て、現在音楽イベント制作運営等を行う会社の代表と、美容健康関連商品のOEM企画提案の会社のコスメプランナーという二足の草鞋を履く。
少女時代から身の回りにある漫画を片っ端から読み漁り、「人生の大切な事は漫画から教わった」と断言。
東日本大震災のボランティアを経験したことから心理学を学び、漫画にみる心理等も興味深く探求中。
内閣府認定特定非営利活動法人キャリア戦略研究機構認定心理カウンセラーエントリーコース修了、スマイルカラーセラピー(カード式カラーセラピー)レベル1(チャクラカラーセラピー)レベル2(トータルカラーセラピー)認定資格、一番社団法人日本プロカウンセリング協会 二級心理カウンセラー養成講座修了。


はじめまして、このたび「少女漫画が教えてくれたことたち」を担当させていただく事になりました栗原です。
この連載はFacebookで洪さんが私の漫画に関するレビュー投稿をいくつか観てくれていて、同い年の私たちの昔と今を作ってくれている「少女漫画」について盛り上がったことがきっかけでスタートしました。
1977年生まれの洪さんと私、少女時代がちょうど、「りぼん」が発行部数250万部(!)という脅威の数字を掲げていた「少女漫画全盛期」でした。以来、たくさんの「少女漫画」に出逢い多くのことを教わってきたロスジェネ世代。旦那様と愛娘ちゃんと暮らす洪さんと、おひとりさまで働く私の「少女漫画が教えてくれたことたち」を、テーマに沿って少女漫画作品を振り返りつつ語って行きたいと思っています。

さて、1回目のテーマは「母と娘」。
このテーマは、洪さんが現在娘を持つ母であることと、私自身が母との関係を幼い頃から考え続けている娘であることから選んでみました。
母と娘という関係は、例えば父と息子、母と息子、父と娘などと違って、とても複雑です。母という立場は、子供を産み落としている。それが同性であれば、どうしても同一性を見出したいと願い、鏡のような存在として受容したり拒絶したりする。それが例えば異性の親とだったらそのまま断絶してしまうような出来事も、母と娘だけはそうはいかない。なぜなら、母を切り捨てることは、娘にとっては自分を切り捨てることと同義だからなのです。

1996年にドラマ化もされた有名な少女漫画に「イグアナの娘」(萩尾望都著・小学館刊)があります。


(C)萩尾望都/小学館文庫

私は後に漫画を読みましたが、当時アイドルだった菅野美穂さんがイグアナに見えてしまう娘を演じるというのは衝撃的でしたし、どんなに優等生で良い子でいても、母に望む愛情をかけてもらえない娘という部分で、どこか自分を重ねて見ていました。
原作にはないのですが、ドラマのクライマックスのシーンで、母娘の関係の難しさを象徴するシーンがあります。川島なお美さん演じる母親は、自分にはイグアナにしか見えない娘・リカに「一緒に死のう」といいます。リカは愛してもらえず寂しさを募らせていたにも関わらず、「お母さんがそうしたいなら、いいよ」と涙しながら応えます。このやりとりは、他の親子関係では理解出来ない会話ではないでしょうか。これが、母と娘の切っても切り離せない同一性であり、コンプレックスだと思います。


(C)萩尾望都/小学館文庫

原作である漫画「イグアナの娘」でも、母に愛してもらえない娘として幼少期を過ごしたリカは、大学卒業と同時に愛する人と結婚し、子供を産みます。ようやく手に入れた愛情あふれる家庭。しかし、母がかつてそうだったように、自分も産んだ子供を可愛いと思えないというジレンマに陥るのです。


(C)萩尾望都/小学館文庫
そんな時、母が急逝します。駆けつけたリカは、母の遺体が自分にだけイグアナに見えたことで、母こそがイグアナであり、かつてイグアナだった頃の記憶を封印し人間として愛する人(父)と過ごしていたことを悟ります。母が自分を通して罪悪感や過去の記憶に苦しめられたことに気付き、母を赦しました。するとリカはそれまで愛せなかった自分の子供のことも、受け容れられるようになったのです。

(C)萩尾望都/小学館文庫
「母と娘 漫画」で検索すると未だ上位にくるのがこの「イグアナの娘」。発表されたのは1991年のことです。少女漫画でここまで、母と娘の確執と愛憎を生々しく切り取った作品は、それまでなかったのではないでしょうか。
子供は母に、母親を望みます。母親とは、産み落とした自分を許容してくれる存在だと信じていますし、心理学的にも、9歳までに必要な原点のひとつに「自分は望まれた子供である」という認識、母親から受け容れてもらえているという確信を得る事が、人格形成においてとても重要だと言われています。(もし幼少期にその確信が得られなくても、大人になってからでも、治療や人間関係の中でその欠如を埋める事が出来るとも考えられています)
しかし、母親もまた人間であり、個々の事情をもって暮らしています。子を産んだから母になるのではなく、子を育てながら、母になっていくのです。日々に疲れてポロリとこぼれたふとした台詞が子供に知らぬ間に「自分は受け容れられていなかった」「自分は望まれた子供ではなかった」と思い込ませる要因になることもないとはいえません。紐解いて行けば人間同士の愛すべき欠点を許容出来るかもしれないけれど、幼い頃にそのような客観を自分一人でする事は難しい。
そんな中、この作品を思春期に読んだ娘たちが、自分と母との確執と愛情に苦しみつつも、本当の母の思いは他にあったのかもしれない、と思えるきっかけを与えてくれたのではないでしょうか。
そういう意味で、漫画の持つ力という物はとても大きいと思います。

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