涌井香織 wakui kaori
profile
1972年群馬県生まれ。会社員時代、都市計画・書籍の編集・総務経理・飲食店のコンサルティング・舞台の制作・通販企画などに携わる。
2008年より、新宿3丁目にあるバー『LE Temps(ル・タン)』を経営。
バーの経営と並行して、若きアーティストたちを応援する独自のアートイベントもプロデュースしている。
『LE Temps(ル・タン)』ホームページ


店内バーカウンター。L字型につながり、15名程度座れるようつくられている。





会社員から、突然バーの経営者に。
周りから見ると突然の大転機、あまりの大きな変化に戸惑ってしまいそうですが、涌井さんにとって『お店を経営すること』は、涌井さんのそれまでの環境とそれほどかけ離れたものではありませんでした。


「実家が美容院だったんです。
もともとOLをしていた母が夜に専門学校に通って資格を取って、東京で美容師をしていて。それから地元に戻って、一から美容院を開業したそうです。
私のベビーベッドはずっとお店の一角にあって、私はお店で育ったんですよ。

と言っても、母ひとりで1日に何人もの方を相手に仕事をしていたので、母が私に構っているヒマはないでしょう。だから、お店にいらしたお客さんたちがいつも私をあやしてくださったり、本を読んでいただいたりして、んですって。そんな方々に育ててもらった感じです。今でも地元に帰ったときにその方たちに会うと、『あら香織ちゃんおっきくなったわねぇ』なんて言われるんです。もう大人っていうか、ちょっとしたおばさんなのに(笑)」

幼少の頃からそんな体験を積み重ね、人と人とがつながって信頼関係を築き上げてゆくことのたいせつさを肌で感じてきた涌井さん。
そして、お父さんもまた、お店を営んでいらしたそうです。

「父ももとは会社員だったんですが、転勤を命じられたのを契機に退職を決めちゃって、一念発起、地元で飲食店を始めたんです。経営は大変みたいでしたが……。
そうやって両親がそれぞれ自分のお店を切り盛りする姿をずっと見てきたから、私もいつか自分のお店を持ちたいな、という思いはずっと持っていました。
会社勤めしているときなんかは、母には『あなたも早く自営業すればいいのに』ってよく言われていましたね」

  そして、いざ思いを叶えて『自分のお店』を持った涌井さん。しかしもちろんそこには夢のような楽しい話ばかりではなく、現実感たっぷりの苦悩が待ち受けていました。
  お店は居抜きでそのまま譲り受けたので、内装などをいじる必要ないものの、とは言え思いのほかたくさんのお金が必要でした。
 それに、お店の経営が安定するまで、しばらくは大変な毎日が続きます。これから待ち受ける大きな困難を思って、立ち止まりそうになることもあったはず。
  そんなとき、いつも背中を押してくれたのは、やはりお母さんでした。

「お店を経営する上での具体的な相談は、全くしないんですよ。
私が、けっこう大変だわぁ、やっていけるかなぁ、大丈夫かなぁなんてボヤくと、お母さんはいつも『大丈夫、香織ちゃんならぜったいできるよ』って、とにかく励ましてくれるんです。その言葉がなんていうか、力強く感じられて、そんな簡単な言葉の中にも、店を一人で40年間も続けてきた女性の言葉として重みを感じられます。

  きっと母も、長い間お店をやって、ほんとにいろんなことがあったんだと思う。
  うまくいってるときも、うまくいかないときもあっただろうし、仕事と家庭の両立は大変なことだったと思います。でもそういうことをひとつひとつ乗り越えて今に至っているんですよね。そんな積み重ねを一番近いところで見てきたから、母の言葉に説得力を感じるんでしょうね。
不安なことがないわけじゃないけど、大丈夫なんとかなる、とにかくやってみよう。母と話すと、いつもそんな風に思えるようになるんです」

母娘であると同時に、同じ『経営者』としての母との『つながり』。これ以上に心強いものは、きっとこの世界には存在しないのかもしれません。

 

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text by Hong Ae Sun
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