そうして、バーカウンターの『外側』に座っていた涌井さんが、カウンターの『内側』に立つようになり、今までと違う景色が見えるようになりました。
「うちの店は、カウンターに15人、テーブルに10人ぐらいの規模なんですが、この中に立ってると、お店の中の様子が全部見渡せるんです。
よく来てくださるお客様については、年齢とかご職業とか一度聞いたらなるべく覚えるようにしているんですが、あの人は今日は疲れてるから一人でゆっくり飲みたいんだろうな、とか、偶然隣同士に座ったあの二人、ちょっといい感じじゃない?とか、あちらの方は仕事のことについて誰かと話したいのかなーとか。
そんないろんな様子が、ここにいると見えてくるんです」
カウンターの中からお客さんたちの様子を見ていて、涌井さんはあることに気づきます。
「ル・タンは気軽でカジュアルなお店なので、来てくださるお客さまはオープンマインドな方が多いようです。
もちろん一人でしっとりと飲みたい、周りには邪魔されないで自分たちだけで飲みたい、という方もいらっしゃいますが、どちらかというと、その空間で偶然隣り合った方々と和気あいあいと過ごされる方がよく来てくださいます。何かそういう気軽なムードが漂っている気がします。
それってつまり、何かの『つながり』を求めて来てくださっているのかな、って思って、じゃあ、どんな人との『つながり』がほしくて来てくださっているんだろう、その『つながり』をうまくお手伝いできたらな、と、思ってるんです」
ここで涌井さんの口から驚きの事実が。
「実はこのお店知り合ったお客さんで、3組のカップルが誕生しているんですよ」
なんと! 3組も!! これは、バーでは普通のことなのでしょうか!? かなりすごいんじゃないかと思うのですが……。
「どうなんでしょうね。でもうれしいです。そういう『つながり』をこのハコが生み出せたことは。
友だちとか恋人とか、個人的なこともそうですし、仕事でも、つながりが生まれる場所であればいいなと思います。
人と人との出会いって、本当に楽しいことですよね。
面白いものを持ってる人たちが出会うと、とんでもない化学反応が起きて、さらに面白いものが生まれるような気がするんです。
でも、化学反応って何か『きっかけ』がないと起こらないんですよね。
だから、そのきっかけを、ささやかならがお手伝いできる場所であれば、と思っているんです」
バーは、人間関係において化学反応が起きる、とびっきりの場所であると涌井さんは言います。
「昼間には語れない面白い発想が、夜には生まれると思うんです。夜は感情が昂ぶったり……、獣的感覚が呼び起こされてね(笑)。
ちょっとお酒も入って心の緊張もほぐれて、ハコの中にすっぽりと収まっているから守られている感覚もある。
だからとことんリラックスして心を開いて、新しい関係、面白い『つながり』がどんどんつくられていったらいいなってと思います。
私はカウンターの中からその様子を、時には加担したり、時には傍観している感じなのかな(笑)」