金理郷 Kim Lihyang
<profile>
1982年東京都生まれ。奈良県で幼少期を過ごし、同志社大学を卒業後、フリーのアナウンサー、広告代理店勤務を経て、2010年10月に株式会社LBKを設立。女性の笑顔の輪を広げるための商品やサービス、イベント等、 "よき"エネルギーを広げていける事業を展開中。





Vol.012 contents



「小学校高学年くらいまではおとなしいというか、優等生タイプだったんです。成績もそれなりによかったし、大人から怒られることもなかったし、気づいたら学級委員とかさせられているような、そんな感じでした。でもある時、これって損なんじゃない?と気づいたんです。もっとわがまま言ってた方が楽しいんじゃないかって思って、自我が芽生えていくと同時に、いい意味でも悪い意味でも、自分勝手に行動するようになりました」
優等生タイプから自分勝手タイプへの一大転身……。なかなかできることではありません。どうしてそれができたのでしょうか?
「私の一番の特徴は、『自分に絶対に嘘がつけない』ことなんです。どんなにわがままだと思われても人に迷惑をかけるとしても、自分の気持ちには絶対に嘘をつけないから、直前だろうかどんでん返しだろうが、ひっくりかえしちゃうんです。だからきっと、あの時自分が『この自分は違う』と思ったから、もうできなかったんじゃないかな」
そして中学高校時代は、とにかくストイックに過ごしていたそうです。
「バレエと朝鮮舞踊を毎日毎日すごいスケジュールでやっていて、『日曜日』っていう概念を大学生になって初めて知ったぐらいでした。朝から晩まで踊り漬けで。大学に入る時何が楽しみだったかって、もう何も縛られるものがない、ってこと(笑)。もちろん好きでやっていましたが、18年間休み1日もなく、学校終わったら練習、日曜日も朝から練習、高校を卒業するまでは続けると自分の中で決めていたので、終わりが見えた時『やりきったー』という解放感がすごかったです」
その反動で、大学生活は思いっきり『自由』に楽しんだとか。
「大学の4年間は、目の前にある楽しいことを楽しむ、という、感じでしたね。悪く言えば、へらへらチャラチャラと(笑)。オシャレしたり友だちと遊びにいったり旅行したり、普通の女の子でした」
頑張る時はとことん頑張り、ゆるい時はとことんゆるく過ごす。人生、メリハリって大事なのかもしれません。
「でもそれって、きっと私だけじゃなくて皆にあることだと思うんです。なんか知らないけど惹かれたり凝っちゃったりすることって、誰にだってありますよね。きっとそういう時は、それが必要なんだと思うんです。私は結構、運命論的なこと、スピリチュアルなことを信じる方なので、不思議なことはないかな、という感じです」
バングラデシュに旅行したり、イギリスの大学に交換留学に行ったり。その時その時興味のあることを楽しみながら、金さんの大学時代は過ぎていきました。
「大学生活は4年間という限られた時間しかない、ということは、早い段階ずっと意識していました。卒業したら『しゃべる仕事』をしたいと決めて、就職活動はアナウンサーに絞り、パッとやってパッと辞めた、という感じです。3年生の冬のうちにアナウンサーの採用試験が終わって、それ以降も一般企業も少し受けて進んだ企業もあったんですが、行くはずない、と思って辞めました。そしたら4年の夏の終わりくらいに、生島企画室さん(生島ヒロシさんのプロダクション)とご縁があってお誘いいただいたので、やりたい仕事だったのでそこに進むことにしたんです」
うまくいく時はうまくいくものです……! ちなみに、どういうご縁で、生島企画室さんとつながったのでしょうか?
「それも思いつきだったんですが、就職活動している時に知り合った雑誌の編集者さんに相談してみたら、その方から『自分の仲良くしている事務所があるよ』ってご紹介いただいたんです」
すごい! ちなみに金さんは、京都の大学生。東京にいるとそういうご縁って結構いたるところに落ちているものですが、地方在住だとなかなか難しいものです。
「私、時空に関しても年齢に関しても、何の制限もないんです。例えば、『明日東京でこんな面白い企画があるよ』って言われたら、京都にいた大学生の頃でも、次の日には東京にいたんです。『フットワークを軽く』って気負うわけでもなく、全てにおいて制限を持たないことが、自分にとっては普通でした。たまに常識ないとか言われることもあるんですが(笑)」






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text by Hong Ae Sun





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